2018/03/30
彼はドイツからその年来ていた友人の研究者に私の論文を評価してもらっていて、そのコメントがいつも参考になった。ニューイングランド出身のイギリス系の学者とゴシック文学の歴史を持つドイツの研究者の意見はかなり大きく違っていて、私はむしろドイツ研究者の見方の方に同感することが多かった。彼らが私をそっちのけで論じ合っている姿は今でも目に焼き付いている。若い彼らにとって(といっても二人とも私よりはかなり年上でおそらく40代だったのではないだろうか)、論文指導は論争の機会ともなり、新たな思考を導くことにもなったのではないだろうか。きっと、だからこそ彼は私を覚えていてくれたのだ。論文指導は私にとっては、自分の思考を相対化し、異なった視点から考えるかけがえのない経験であり続けている。
2018/03/30
私の指導教授はその年グッゲンハイムフェローシップをもらってイタリアに行っていて、その間若い教授が見てくれていた。ホーソーンやソローを含むアメリカンルネッサンス期の研究家で、彼自身もボストン郊外の森の中に住んでいた。 彼の家で終日指導を受けることがあった。いつも自分で焼いたパン、畑で採れた野菜、自家製のバターで昼食を作ってくれた。それから20年も経った80年代の終わりに、私が学会で発表をした時、その教授が近づいて来て名前が出ていたので会いに来たと言ってくれた。
2018/03/30
1960年代の終わり、論文を仕上げる時期に、私は東京から帰ってニューヨーク州のチャパコアに住んでいた。緑に囲まれた小さな街でニューヨークからは1時間ほどの郊外のはずれにあり、昔は辺り一面のりんご園だった一角に私の住んでいた家はあった。そこからMerrit Parkway というハイウエイを通ってイエール大学まで、2時間ほどの道のりを通って指導を受けていた。
2018/03/30
今年は城西大学、城西国際大学の卒業式にも入学式にも出なかった。過去40年間で初めてのことだった。その代わりに、外国の大学の式典には何度か出席した。
欧米では卒業式は大体6月だが、これから休みに入る、あるいは夏に向かってどこか自由を感じさせる気分と、日本のこれから働くぞという若者たちの緊張感を漂わせる卒業式の気分の違いが感じられる。私が博士号を得た時には三男の出産が間近で、「今年の一番大きな卒業生」と賞状を手渡してもらった時に言われた。「ダブルでおめでとう」と祝福されたことが懐かしい。
2018/03/30
卒業式、入学式の季節になると、昔の教え子たちから便りが来たり、訪ねて来たりしてくれる。特に昔の留学生にはお子さんたちの入学式で日本に来たという人もいて、親子二代、日本を留学先にしていることに少々感傷的になった。「 師弟」関係は消えることも忘れることもできない絆と思い出を作る。双方の人生のある時期に紛れもなく深く関わっているからだろう。
2018/03/28
大友さん(前回お名前のミスプリントに気がつかずごめんなさい)はあまちゃんの作曲家として一般の人には親しまれているでしょうが、前衛音楽家として私の世代は知っています。
2018/03/23
国際メディア.女性文化研究所設立記念シンポジュームです。論客ぞろいなので活発な討議が展開すること間違いなしです。作家や歌人の方と研究者の方からの意見がどう噛み合い、またどう違うかも楽しみです。楽しんでばかりいられない重要な課題ですので、ご出席いただけるとありがたいです。
2018/03/5

こんなところにいつの間にか。
2018/02/26
大友さん(前回での誤字に気がつかないでごめんなさい)は「あまちゃん」の作曲で名が知れ渡りましたが、前衛作曲家としてはもうずっと「大御所」として世界の若い人たちから慕われています。吉増さんとの相性がとても素晴らしいコラボでした。吉増さんの紙との葛藤が凄まじく、またユーモアもあって、言葉不在の音と真っ白な長い紙の協奏でした。
2018/02/24

吉増さん、大坪さん、マリリアさんのパフォーマンス。言葉とダンスを超えた領域へ入っていく。マリリアの声は毎年低くなり響きが増していく。
2018/02/15

A porcelain Jizo (by Hosokawa Yasunori) also protects the ohinasama.
2018/02/15

A glass Juzo by Kawakami Kyouichiro