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水田宗子

幕間

【連載エッセイ】アメリカ 再訪 2018 ④

2018/10/22

 「砂漠山島-デザート・マウンテン・アイランド」にはマリグリート・ユルスナールの家があり、訪問することにした。マルグリートとパートナーのグレイスは、ガートルート・スタインとアリス・ニコラスについで有名なレズビアン作家のカップルで、ユルスナーだけではなくパートナーのグレースの伝記も出版されている。ユルスナールにはメイン州の孤島で隠遁生活を送ったことでも、私はその執筆生活と日常の暮らし に大変興味を抱いていた。原始林が残されている一方で、いくつかの港は観光地化され、高級別荘地でもあるこの島は、実に美しいが、全くの白人の夏の島であることに改めて感心した。裕福なインド系やアジア系、アフリカ系のアメリカ人は多くいるはずが、ここでは全く見かけないのである。
 カナダに近いこともあって初めはフランス領だった時もあったらしいが、いろいろな場所や商品の表記は英語とフランス語であることが多い。ユルスナーがこの地を選んだのもそのためだったのかもしれない。私は孤島の 海の見える寂れた家に住んでいたような独りよがりの印象を強く持っていたので、まず家のある場所が、高級住宅地、あるいは別荘地であることに驚いた。
 ユルスナーを慕う伝記作家がパートナーと住んで守っている家は、 林が裏に広がる広い敷地にこじんまりとした野菜畑が 当時のままに同じ野菜の栽培に使われているらしい。二階にベッドルームが4部屋もある広い家で、一階には、客間、書斎、居間、食堂、かなり広いキッチン、テラスがいくつかある。どの部屋もユルスナーが長年住み込み、創作をした痕跡を濃厚に残し、居心地良い自分のスペースを作り出していたことがわかる素晴らしい作家の居場所だと感じた。キッチンには彼女が好んだもの、紅茶、穀物やビスケット、クッキー、きゅうりや玉ねぎなどが同じ入れ物、缶やジャー、バスケットややボウルの中に置かれていて、好みのはっきりした、気難しい作家の暮らしぶりが感じられた。そこで毎日暮らしながら、この家をユルスナーの生活したままに保ち、守っていくのは大変だろうと感心した。
 ユルスナーを初めて知ったのはいつだったのか、特異な個性と自分の暮らしを貫いたフェミニストとしてである。『源氏物語』の花散里の上と源氏の晩年を描いた短編小説に感銘を受けたし、火や青についての短編小説、そして黒い錬金術師の話には、心を奪われた。尊敬する詩人の多田智満子さんが代表作を訳していられることも、 いつも感嘆していたのである。
 しかし今回初めてユルスナーの家を訪問して、従来のユルスナーとは少し異なった印象を受けたのである。まず彼女がフランス人であることの再確認だった。もちろんそれは知っていたが、どこかで私はフランスを逃れ、外地に住む、放浪の魂を持った作家というイメージをあまりにも強く私は持っていたのかもしれない。彼女はフランスアカデミーの最初でただ一人の女性会員としての栄誉を持ち、フランスでも知らない人のいない作家だが、私はいつもユルスナールのフランス作家ではないところで、魅力を感じ、敬愛していたのだということを認識したということなのだろうと思う。フランスアカデミー会員にふさわしいフランス女性作家はボーボワールで、 ボーボワールこそが最も偉大な現代フランス女性作家だと思って来た。ユルスナールはドーリス・リスレッシングやマルグリート・デユラス のように、デイアスポラの心を持った作家なのだと。
 ユルスナールのデユラス嫌いは徹底的で、「作家の嫉妬」すら感じられる、と案内人の研究者、グレースの伝記作者、はいう。 二人はそれこそ正反対な素質と、性格と生活をした作家である。デラスの方は全く批判や悪口を無視して自分の思うように生き、書き続けた。ユルスナールのパートナーはアメリカ人の自然科学の研究者でコロンビア大学でも教えていたことがあったという。ユルスナールは彼女への愛は2年で終わったと言っている。当然グレールはユルスナールの展開するローマ古典文化の世界のことはわからなかったであろう。ユルスナールの自分の徹底した美意識に徹底的に忠実であろうとする生活に、アメリカ人で当然ユルスナールのように貴族の出身でもなく、ヨーロッパの古典文学にも精通していず、フランス語も堪能でなかった彼女が満足していたかについては、伝記には少し触れられている。 グレイスのお墓は愛犬のお墓より小さいと伝記作者は告げる。確かに二匹の犬の墓は立派だった。
 しかし、メイン州の厳しい寒さを避けて、冬にはメインの家にいなかったユルスナールはグレイスが病気になってからは冬もメインに住み、結局その数年後そこで亡くなったのである。ユルスナールのアジア、日本そして仏教への関心は決して表層的なものではなく、彼女の美意識の本質的なところを刺激し、作家の想像力をかき立てていたと思う。黒い錬金術師がやがて最後に行き着く無色の世界は、ユルスナールの心と無意識領域の静謐なコアであると思うし、そしては仏教の世界に近いように思う。ユルスナールの7000冊の書物の棚に置かれた仏像を見ながら、同じように棚を飾るヨーロッパ伝統の白い陶器とそこにあい通じる美意識、ユルスナールが実生活でも 貫こうとした孤高な深い美意識を感じたのである。
 ユルスナールは孤独を熟知していたであろうが、孤独な人生を送ったのではないと思う。作家としての国家的栄誉、 学識の深い作家として世界中に知られ、各地の大学や文化機関から講演を頼まれて世界の各地を訪れた。歴史上の人物の伝記的作品という特異なジャンルを、自分の思想と美意識で、リアリズムと想像力で書き上げることを通して、形成した作家である。それにしても、彼女を稀有な作家にしたのはやはりアメリカの僻地という孤独のための居場所を得たことなのではないだろうか。

 

~つづく

 

 

国際メディア・女性文化研究所「ニュースレター」より

 


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