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水田宗子

幕間

【連載エッセイ】アメリカ 再訪 2018 ⑤

2018/10/25

 アメリカ東海岸の最北メイン州はカナダよりも北になる場所もあり、また、最初は毛皮ハンターのフランス人によって領地化されていたこともあって、アメリカの人たちも ニュー「イングランド」とは考えていないふしがある。実際まるでカナダのように英語表記の後にフランス語が書かれていることも多い。それでも、自然保護を大切にすることや田舎住まいを好むのはイギリス文化の特徴でもあるし、それが知識階級や富豪層の誇るアイデンティテイとなっているのは、イギリスの文化的伝統を作っている。メインはアメリカ的でない感じがどこかでするのである。アメリカの現実とは少し離れた幻想のち、絵の中の場所のような感じを漂わせている。メイン州は原生林、野生の地を残したいという富裕層の夢の場 であるようにさえ思えた。大自然の山の奥深くに忽然と現れるロックフェラーのアジア庭園。フォーロやヴァンダーヴィルドなどの世界的な富豪たちの名のついた数々の自然保護地域、ハーヴァード大学長も資材を投げ打って開発禁止の自然を確保した。

 アメリカの富豪たちが建てた多くの美術館、そこに納められた世界の美術品、そして、文豪たちの特別豪華でもないがきちんと保存された文化財としての家いえを見てきた果てに、この保護された大自然の中に佇むと、その美しさ、素晴らしさと贅沢さへの感慨とともに、またアメリカに帰ってきた、再びアメリカに直に触れたという感動が湧きあがってきたのである。私のアメリカ原体験は1960年代過ごしたアメリカの東海岸地域、ニューイングランドとニューヨークが中心であり、独立以来アメリカが向き合ってきたアメリカとは何か、アメリカ人とは何かという問いに、文学作品を通して自分も向き合うことだった。

 産業革命以後自然と人的資源、そして通信技術を手にしたアメリカは繊維業、石油業、鋼鉄業などの先端産業分野で巨大な富を築いた大富豪たちを多く生み出した。アメリカの新興成金たちはその富で何をすべきなのか、という問いには富豪たちは美術館、そして 大自然の保護という答えを見つけたのだろう。ウイルダーネスの保護はヨーロッパの森林が開発で減少し、 ジャクソン大統領がフロンティアの終焉宣言をし、都市化が急速に進む、近代化の先端を走るアメリカの功をなし遂げた人々の反省と失われたものへの郷愁もこもっていたのではないだろうか。

 しかし、それは富豪だからこそであり、移民が押し寄せるアメリカの一般国民は金持ちになるアメリカン・ドリームを追い求めている最中だったのである。その挫折物語は、 また、アメリカ文学のリアリズム表現の流れを形成していった。私はシカゴや中西部を何度か訪れたが、そのたびにカリフォルニアやニューイングランドと異なるアメリカ社会・文化伝統の厚さを感じたものだった。アメリカは新しい国だというような幻想は当時もすでに通用しないのは明瞭だったが、それは単に歴史的時間が経ったということではなく、アメリカ文化は土地、場所との根源的な関係の上に形成されてきたからだと思う。アメリカは地域によって異なるというのは当たり前のように思えるが、その違いは原住民、移民、自然、宗教などが母国の文化とともに新しい場所との生き残りの葛藤の上にそれぞれ作られてきた場所の文化であり、その文化のもつ場所の記憶が消すことのできない基層となっているからだと思う。

 メインをリアリズムの精密な技法で描き続けたメイン出身の画家のワイエス(Wyeth)は、アメリカの経済発展と近代化に取り残されていくメイン州とそこにすむ人々の深層 意識の世界を描き続けて、アメリカ近代絵画を代表する画家として知られている。そこに描かれた人々は誰も叫び声を発してはいないが、それ以上に不気味な不安と孤独の風景の一部を形成している。それはエリカの極寒の地メインの、土地の心象風景だと思う。

 

 

国際メディア・女性文化研究所「ニュースレター」より


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